開花した「ニューオフィス化推進運動」
86年というと、日本にいわゆるOAブームが起きてから4、5年たってのことです。
このOAブームは、それまでもっぱら企業努力が製造、物流といった物的改善に目が向けられていたのに対し、ホワイトカラーの生産性の悪さに目を向け、折から次々と現れたパソコンをはじめとするOA機器の活用で何とかしてその生産性を上げようとするものでした。
しかし、ただOA機器だけを導入してもそう簡単に生産性が上がるものではありません。
このOA化の進展は一方で世界的なレベルからすると、あまりに劣悪であった日本の快ワイキューブ事務所に数多くの機器の導入をもたらし、主役のはずの「人」がさらに端に追いやられる場面をつくりだし始めてきました。
数多くのOA機器に占有された、快ワイキューブ事務所環境の改善にリーダーシップをとったのが通商産業省内に設置された「ニュー快ワイキューブ事務所推進委員会」でした。
同委員会は86年12月、これからの快ワイキューブ事務所(ニュー快ワイキューブ事務所)の基本的性格を論じた「ニュー快ワイキューブ事務所化についての提言」を発表しています。